【緊急インタビュー!】BLACK DEVIL DISCO CLUB:Bernard fevre

2015.04.25

BLACK DEVIL DISCO CLUB来日直前インタビューが届けられました!

謎多きBLACK DEVIL DISCO CLUBの裏側や、プロデューサーBernard Fevre自身のこと、影響を受けたものなどなど、非常に読み応えのある文化的な内容も含まれています。

インタビュアーはFree Disco。ロンドン、東京を拠点にプロデューサー/DJとして活動し、Rong Music、Electric Minds、Bearfunkなどニューディスコシーンの名門レーベルからリリースを続け、自身でもStrange Desire Recordingsも主宰。David MancusoやAndrew Weatherall、Max Essaなどにもプレイされる好楽曲を送り出してきた日本人アーティスト。

Bernard Fevreと交流があったことから良い距離感のインタビューとなっており、音作りなどにも触れた内容となっています!

是非ご覧ください。

 

 

 

BLACK DEVIL DISCO CLUB (Bernard Fevre)インタビュー

Interview&Translation : Free Disco(Strange desire recordings / rong music)

*文中BLACK DEVIL CISCO CLUB=BDDC

 

Q. ボンジュール、 Bernardさん。遂に来日が決まりましたが、どのような心境ですか?

 

A. 45年前に大阪万博のために来日して以来、今回また日本に行くことができ、すばらしい方々に会えると思うと、自分は本当にラッキーで、様々な思いや嬉しさなどが入り交じった感じだよ。

 

BDDCJP

 

Q. ご自身のことをご紹介いただけますか?あなたの音楽の知名度に比べると、 BDDCの音楽を生みだしたあなた自身のことは、まだまだ未知の部分が多いような感じもするのですが。

 

A. 私は、自分に対してすごく厳しいのですが、同時にいつまでも夢を追いかけているような人間です。なんと言えばいいのかな、本当の意味でバランス感覚が無いというか、特に自分の音楽に関してはいつも疑問を投げかけ続けているような感じの人間だよ。

 

 

Q. BDDCのレコードはその革新的な音楽性で、広く認知されていますよね。

実際、多くのトップ DJがあなたの BDDCのレコードをプレーしているように、また多くのメディアがこのレコードをある種、伝説として紹介してきました。

私達は、あなたの音楽に、なにか幻想のようなものを抱きながら、ディスコを語る上ではずせない作品として魅了されてきました。しかも非常に実験的なリズムやサウンドエフェクト、曲構成などを含んだ多くの魅力を兼ね備えている名盤中の名盤と受け止めています。それについていかがですか?

 

 

A. 私はいわゆるチャートミュージックのような音楽を、今まで全く作ってきませんでした。むしろ、様々なカラフルな音色の性質を持っている、更にはまるで現実や妄想を呼び起こす絵画の様なもののために、音楽を作ってきたと思います。私はいつもそして今でも、質の高い音楽を生み出そうとして来ました。

画家であるサルバドール・ダリが、私に大きな影響を与えていた時期、私は彼の作品に漂う精神世界を、私の作品に封じ込めるそんな感覚で、作曲をしていました。すごく彼の作品と近い世界観、精神世界で、音楽を作っていたという感覚です。

ダリと同じ様に、私にとっても時間と流行は全く重要な要素ではなく、ただ人生を楽しみ、幻想の中で二次元のリズムを生み出すという考え方が、非常に好きでした。

 

 

 

 

Q. 個人的に大のディスコ音楽ファンとして伺います。あなたにとって、DISCOとは何ですか?

 

A. ディスコは、私にとって Boom-boom-boomというハートから湧き出る音楽のことだよ。鼓動が高なると、生命と愛に真実味が増すようにね。

 

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Q. ご存知の通り、多くの音楽ファンが BDDCのオリジナルアルバムを探しまわっているという現状がありますよね。なぜだと思いますか?

 

A.あのアルバムからほとばしるエネルギーと、独創性が生み出す魅力を、多くの人が見出しているからだと思うよ。1978年、あのアルバムが出た当時は、とにかく音楽にエネルギーとオリジナリティを生み出そうとしていたんだ。

 

bd-dc

 

Q. あなたは BDDCのアルバムを発表しながら、多くのライブラリーアルバムにも携わっていますよね? ライブラリーミュージックと、その当時のシーンについて教えて頂けますか? 特にどの様な過程で、ライブラリーミュージックのシーンに関わっておられたのですか?

 

A. もちろんわかると思うけど、音楽家といってもまず生活をしないといけないよね? 

当時、 Eddie Warner と Jackie Giordano に出会ったことで、彼らに「 Bernard Fèvreの音楽」を全く束縛されず創造する自由を得たんだ。

私は、昔から自分の シンセサイザーとキーボードをよく演奏していて、同時にレコーディングのプロセスも学んでいました。だから、私がライブラリーミュージックの世界にいたこ とは、実験室に狂った科学者が存在する様なもので、私にとっては、単純に生活をするための非常に自然な方法だったんだ。

 

 

Q. あなたが作る音楽の多くのパートは、シンセサイザーで作られていますよね? お使いの機材を少しだけ伺えますか? 好きなシンセサイザーなどありますか? そしてシンセサイザーはあなたにとって、どのような存在なのですか?

 

A. 私にとって、シンセサイザーはおもちゃかな。他の人にとってバイオリンや琴がそれに当たるように、また他の伝統的な楽器もそうだけど、僕にとってシンセサイザーは、すごく誇大で魔力を持った音を紡いでくれるものだね。

私はいつも Korgを愛用していて、 BDDCの音楽は、偉大な MiniKorg-700S のおかげで生み出されたものだよ。

 

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Q. 60年代、 70年代のフランスの音楽シーンで、なにか興味深い話を教えていただけませんか?

 

A. その時期、私はロックンロールやポップスには、私は全く興味がありませんでした。当時はバンドに在籍していて、70年の大阪万博で演奏するために日本へ一緒に行ったメンバーと、いわゆる「伝統的な音楽」をやっていたんだ。

60年代、私はロックやソウルミュージックを演奏していて、レイチャールズとビートルズの熱狂的 なファンでした。

当時、フランスの音楽シーンは、イギリスの音楽をコピーしただけのすごくつまらない音楽にあふれていたので、すごく失望していたことを憶えているよ。当時のフランスには、イギリスの音楽に比べると、はるかにクオリティーが低い音楽が多かった。

多くのバンドが、新しい音楽を創造できたはずだったのに、どうでもいい音楽がそこら中にあふれていて、シーン自体は本当につまらなかったね。

 

bernard-fevre

 

Q. あなたは、バンドでミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせましたが、どうしてエレクトロニックミュージックに傾倒していったのですか?またそれはなぜだったのですか?

 

A. それは単純に、ギター、ベース、ドラム、キーボードというクラシカルなバンド形態、そのバンド形態が生み出す音に飽きたんだ。

14歳のころから、同じ音を聞き続けてきたからね。クラシカルな編成のバンドが奏でる音は、今でもなお、昔と全く同じ鳴音の性質持っているね。つまり何も変化していないってことだよ。

 

 

Q. まだまだ伺いたいことがたくさんありますが、この続きは神戸でワークショップを行いますので、是非そこで聞かせてください。更に深い様々なお話を、直接ベルナルドさん本人の口から伺う予定です。では最後に、日本のファンにメッセージを。

 

A. 私の音楽に出会い、長い間私のことを知ってもらい、私の音楽を聞いてくれている日本の方々を、私は知っています。個人的に彼らと会えることをすごく楽しみにしています。

1970年、大阪万博のために初めて日本に行った時のことは、すごく鮮明に覚えているよ。文句も言わず、リスペクトさえも持って、行列に並んでいる人達を見たときに、私はすごく驚いたんだ。フランスでは全く違うからね、、。私の音楽を聴き踊るために、是非行列を作ってくれたらと思います!


Respect & Love
Sayonara